山梨県出身の詩人・音楽家。大学卒業と同時に作詞家デビュー。
映画『千と千尋の神隠し』の主題歌「いつも何度でも」の作詞で2001年度のレコード大賞金賞受賞。朗読ライブ、映画監督、脚本、翻訳など活動は多岐に渡る。
最新刊「はじまりはひとつのことば」(港の人)
八ヶ岳南麓に原稿書きのためのアトリエを構えて三年が経つ。
父が少年期を過ごした土地だが、ここに過ごす時間が増えるまで正直なところほとんど馴染みがなかった。知ってみると、いっそ東京から移住してしまいたいという思いが日に日に募っていく。
子どもの頃の夏は桃が何よりも美味しくて桃ばかり食べていたことは前回のエッセイ(※Hanako1119号掲載)にも書いたけれど、お酒を飲むような大人の食生活を楽しめるようになってからは、山梨の食彩王国ぶりに改めて驚いているのである。
近年世界レベルの賞を獲得している山梨のワイン。
発泡ワインが好きで食前の一杯を欠かさない私にとって、山梨の発泡ワインがめきめきと質を向上させているのは頼もしい。「勝沼のあわ」が創生期から一年で味の冴えを進化させたのには舌をまくばかりである。ビールは男(それもおじさん)のお酒というイメージがあるけれど、しゅわしゅわキラキラしている夢のシャンパングラスは、雰囲気込みで少しずつ味わうという嗜み方や物語を想起させる詩情と相まってこれでもかと女心をくすぐってくれる。シャンパーニュよりは愛くるしさがあって、けれど決して媚びていないキレ方と誠実な飲み口の発泡ワインが、山梨では実に手頃な値段で何種類もスーパーに並んでいる。
アトリエのある八ヶ岳南麓には、自然環境や食の安全に敏感な人たちが、清浄な空気と心の贅沢を求めて多く移り住んでいる。アーティストの定住宅も別荘もたくさんあって、地球を愛し人間にとって何が本当に大切なのかを探求する人々を引き寄せる磁場があるという意味で、文化度や精神性が高い土地と言えるかもしれない。
全国一の日照時間と、質と量を誇る八ヶ岳の伏流水。ふたつがもたらす甘くみずみずしい高原野菜は、心あるイタリアンレストランや自然食レストランに重宝がられて、<グローブカフェ>の窯焼きの野菜ピザや、<コパン>のトマトラザニアや7種野菜のサラダ、 <ディル>の茄子カツ、ヒュッテ<フライング・スプーン>の家庭料理コースなど、常に開発されるオリジナルメニューによって、この土地の食文化を盛り立て底上げしている印象である。
自然農をしながら手作りの自家製酵母のパンやケーキを販売しているお店もそこかしこにあり、あれこれと食べ比べるのも楽しみの一つ。笑顔の静かな若夫婦が切り盛りしているのを見ると、都市の慌ただしいルーティンを外れ、人間本来の生活のありようを見つめ直そうと明確な意志を持って移住してきたのだわなどと勝手な想像がふくらむが、たぶんそれは正しい。アップルパイならM店、チーズケーキならC店、シュークリームならB店かJ店。コーヒーの名店もちょっと考えるだけで二、三店は思い浮かぶ。
情報は現地の人とおしゃべりしながらたやすくゲットできる。それだけ確度の高い情報が常識化しているということだろう。店数は少ないが人口も少ないので質を極めないと落ちこぼれていくのは大都市と同じである。
自然環境の充実がおいしい食材を生むことは当然として、そこに生きる人間の心がおなじく豊かな自然によって満ち足りていく中で、料理手の有機的なエネルギーが、味わい深さとして提供する食べ物に宿るのも道理だろう。ゆったりとした時間の流れに熟成される手作りの技術の確かさや、よりよい食への意識や意欲の高さは、経済への貪欲さとはほど遠いところにある。土地の持つ力。それは、土の持つエネルギーとともに、土地と同じ波動を持つ人を引き寄せる力であるとも言えないだろうか。