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更新日:2019年12月20日
山梨県北杜市にある瑞牆山。日本百名山の一つで登山も人気ですが、林の中に3~5mの岩が点在し、国内外のトップクライマーもこぞって訪れる、ボルダリングの聖地でもあります。その魅力を、日本のクライミングの先駆者である室井登喜男さんに伺いました。
筆者のようなボルダリング初心者の方向けに…
ボルダリングとは、「ボルダー」と呼ばれる独立した巨大な石を自分の手足で登るロッククライミングのひとつ。ロープクライミングとは異なり、命綱は着けず、落ちる時は岩の前に並べたマットの上に着地します。2020年のオリンピックでは、ボルダリングがスポーツクライミングの中のひとつの種目となっています。
今回、お話を伺った室井登喜男(むろい・ときお)さんは、山梨県在住のクライマー。
幼少期からクライマーの両親の影響でクライミングを始め、日本のボルダリングエリアとして有名な御岳(東京都)や小川山(長野県)をはじめ、瑞牆山にあるボルダーのほとんどの”課題”(登るコースのこと)を開拓してきた方です。
また、国内で最難関の課題とも言われる小川山「伴奏者(5段)」や瑞牆山「アサギマダラ(5段+)」の初登者で、レジェンドと呼ばれています。
▲春の新緑、秋は紅葉と四季折々の景色が楽しめる「みずがき山自然公園」
瑞牆山は、2001年に開催された全国植樹祭が契機となり、道路や駐車場、遊歩道が整備され格段にアクセスしやすくなったのも多くの人が訪れる理由の一つです。
植樹祭のメイン会場の跡地が「みずがき山自然公園」となり、芝生広場や、100台収容可能な駐車場、管理棟、キャンプサイトもあるため、紅葉の時期やゴールデンウイークは、全国から多くのクライマーが訪れます。
アクセスが良いのはもちろん、課題の数が多く日当たりが良いのが特徴です。
瑞牆山のボルダーは花崗岩で、“ポケット”と呼ばれる穴が多く空いているため、適度につかむ所があり、多くの課題が生まれました。また、山の斜面が南側に面していて、寒い冬でも暖かくクライミングを楽しむことができます。
それでは、瑞牆山を眺めながら、室井さんと瑞牆の岩を巡ります。
ボルダリングのコースとグレード
駐車場から徒歩数分の一番近い「皇帝岩」とよばれる岩に着きました。
訪れた日は、前日まで長雨が続き、当日は何とか雨はあがっていたものの、岩が濡れていて、ボルダリングには適さない状態でした。
ただ、わずかでも乾いているところを探すと、すでに10人程のクライマーがいました。
岩のコンディションは良くありませんが、室井さんに「鏡」、「剣」と呼ばれる”課題”を登っていただきました。
“課題”というのは、決められたスタート地点からゴール地点までのコースのことで、1つの岩にいくつかあります。
また、その課題の難易度によって「グレード」が設定されています(10級から上は6段まで)。
▲「トポ」と呼ばれる、課題を示したコース図。(室井登喜男さん作成)
上記写真の「トポ」にあるとおり、「皇帝岩」の写真に写っている面には、
「玉/2級」、「剣/4級」、「鏡/6級」と3つ課題があり、それぞれグレードがせ。
初登者が課題のグレードと名前を決めるのですが、グレードは初登の後、
何人かに再登され見直される場合もあります。
岩のコンディションは良くありませんが、室井さんに「鏡」、「剣」と呼ばれる”課題”を登っていただきました。
▲登る時は、下にマットを敷きます。課題は「鏡」(6級)。
▲軽快にあっという間に登る室井さん。基本は、岩の上にマントル(立ち上がって)ゴールです。
次に訪れたのは、「阿修羅」。
室井さんが開拓した初段の課題「阿修羅」があります。
ホールド(突起)の位置やスタートからゴールまでの体の動きなど、室井さん自身の最高傑作なのだそうです。
初段を登ることができると、“上級者クライマー”と一般的に言われており、「阿修羅」はその看板的な課題となっていて、
『クライマーの登竜門』と呼ばれています。
日によっては10人以上の人が集まり、多くのクライマーが訪れています。
▲存在感のある岩。室井さんの左横にある真っ直ぐ縦に走る溝からスタートするのが「阿修羅」の課題。(この岩もかなり濡れていたため登れませんでした)
▲わずかな突起やくぼみに手や足をかけて登ります。
▲阿修羅とは別の面にある課題にトライするクライマーにアドバイスする室井さん
クライマーの方たちがブラシ片手に岩の苔を丁寧に掃除して登っているため、
よく登られている岩には苔がありません。
次に訪れた「童子岩」。3級から9級の課題があり、岩場の初心者でも楽しめるボルダーです。
“ポケット”と呼ばれる岩に空いた穴をたどりながら、ゴールを目指します。
▲ 岩に空いた穴「ポケット」
▲童子岩のトポ。こちら側の面には3つの課題があります。(室井登喜男さん作成)
ここには、「ナツメの花」(8級)、「小藪の細道」(6級)、「峠の坂道」(7級)と名付けられた課題があるのですが、
この3つの課題名の共通点は何でしょう?と室井さんからクイズが。
答えは、『あの子はたあれ』という童謡から取ったのだそうです。
課題には、「瑞牆ピョンピョン」や「ガリガリ君」などユニークな名前も付けられていて、
室井さんの人柄が感じられました。
▲登る姿が美しい。
そして、次は「KUMITE」と呼ばれる岩へ。
童子岩から15分程歩くと、辺りに薄く霧がかかり、神々しく圧倒的な存在感のある岩が見えてきました。
▲10mを超える高さの「KUMITE」と呼ばれる岩
▲左右にある黒っぽい部分が蝶の羽のように見える
ここに、最難関5段+の「アサギマダラ」と呼ばれる課題があります。
“5段+”というグレードは、日本トップのクライマーでも登ることが困難で、
5段や6段といった課題は、国内にはまだわずかしか存在していません。
室井さんは、足かけ100日近く、数百回に及ぶトライを重ね、苦労の末に「アサギマダラ」を完成させました。
この岩の模様が蝶の形に似ていることから、この辺りで身近に見かける“アサギマダラ”の名を付けたそうです。
▲ほんのわずかな段差に手をかける
▲室井さんの手を見せてもらうと、長年のクライミングで手指が曲がって真っ直ぐにならないのだとか。
指も太く乾き手で、登るのに適したトップクライマーの手。
最後に寄ったのは、大きく前傾した壁。「百鬼夜行」(3段)と呼ばれる課題が、この岩の真ん中にあります。
このような前傾壁の岩に、つかむ所(ホールド)が点在しているのは珍しく、
この岩は「カッコイイ」岩を登りたいクライマーの目標となることが多いのだとか。
▲素人目にはどうやって登るのか見当がつきません…。
いかがでしたか。今回は、たくさんある瑞牆山の岩場の一部を紹介しました。
現在、瑞牆山には1,200を超える課題の数(未公開のものも含む)があり、日本最大級のボルダーエリアとなっています。
10年以上の歳月をかけ、時には山籠もりをし、岩と自分と対峙しながら、瑞牆山の課題の90%以上を開拓してきた室井さんに瑞牆山の魅力について改めて伺いました。
「質の高い岩があることも魅力ですが、休んでいる時に当たりを見回すと、美しい花や紅葉、雄大な山並み、優雅に羽ばたく蝶などが心を和ませます。そうした自然の懐の深さが、ここを特別な場所にしていると思います。」
と語る室井さん。
ボルダリングは、腕力が無いとできないと思ってしまいますが、力任せでなくバランスを取りながら登るのがコツで、年齢、性別問わず幅広い層の方が楽しんでいるそうです。
これからボルダリングを始めてみたい方は、まずはお近くのボルダリングのジムで練習してから、実際の岩場にチャレンジすることをおすすめします。
室井さんもよく瑞牆山でボルダリングされているそうなので、お会いできるかもしれませんね。
瑞牆山でボルダリングを楽しんだり、景色を楽しんだ後は、近くに増富温泉郷もありますので、
温泉でゆったり疲れを癒すのもおススメです。
みずがき山自然公園の芝生でのんびりピクニックするのもリフレッシュできますよ。
▲近くにあるみずがき湖の紅葉