ここから本文です。
更新日:2025年4月7日
日本ワイン生産量及びワイナリー数日本一の山梨県。日本国内で栽培され醸造されたワインを日本ワインと呼ぶが、山梨県だけでもその数100ワイナリーになる。昨今注目されているのは、小規模ながら作り手が葡萄栽培をして醸造。販売まで手掛ける個性のあるワイナリーだ。流通量が少ないゆえ、まださほど知られてはいないのにワイン好きの間では人気が上昇している。今回はそんな4つのワインナリーと入手困難なワインが飲めるお店をご紹介。
赤ワインに魅了され葡萄つくりから醸造まで自らの手で行うヒデさん
臨床心理士でもある渋谷英雄さん(以下、ヒデさん)のワインづくりの哲学はユニークだ。
月の満ち欠け、潮の満ち引きの力が葡萄づくり、ワインづくりに大きく影響すると考え、自然の声に寄り添いながら葡萄栽培から収穫、ワイン醸造まで独自のやり方で行っている。
東京の神田生まれ、若い頃は沖縄の小さな島の飛行場で管制員の仕事をしながらプロのダイバーでもあったそうだ。ダイバーとして海に潜っていた時に「月の引力によって海水が満ち引きする力は、すべての万物の命と大きく関係している」と、心身で強烈に感じたという。
そこから臨床心理士になるべく勉強し、臨床心理士として定時制高校、ディズニーランド、大学のアスリート支援をしたのち、52歳で山梨大学ワイン科学士を取得して2015年ワイナリーを立ち上げた。
ワイン好きで全国のワイナリーを巡っているときに出会った「マスカットベーリーA」のピュアな桃花色の美しさに感動し、赤ワインづくりを決意。赤ワインだけをつくるワイナリーの場所選びのために、北海道の余市から始まり、西は四国そして山口と日本全国46か所を訪ねたという。
そこで出会ったのが、ここ南アルプス市だ。
水はけがよく日射時間が長い白根の自社畑
桃花色のワインになるマスカットベーリーA
決め手は水はけの良さ。ヒデさんは46か所の土地に行き自ら水をまき、水の吸収率を調べたというから驚きだ。
ここ白根の土地は水の染み込みが一番早かったそうで、昔から「月夜にも灼ける」といわれているほど雨が少なく、水たまりもぬかるみさえもない。八ヶ岳へ抜ける風の道でもあり、乾いた土地では、葡萄の根は水を求めて地中を下に下にと伸びていく。深ければ深いほどミネラル分が多く、病気が少ない葡萄ができるそうだ。土壌のみならず、寒暖差がある気候と西日があたらない東向きの傾斜地が葡萄栽培に適しているという。
理想の地を見つけたヒデさんは、赤ワインに特化した化学農薬を使わないワインを月の満ち欠けに従いつくり始める。名前は「ドメーヌヒデ」。
醸造所の建物の上に見る粋な木看板「Domaine Hide」
葡萄品種は心奪われた桃花色のマスカットベーリーAを基本とした。そのほか山葡萄とカベルネを交配させたヤマソーヴィニヨン、山梨ワインを代表する甲州葡萄も少しだけ栽培している。甲州葡萄の多くは白ワインになるが、ドメーヌヒデでは皮をのこして醸造するオレンジワインの葡萄として使用。そして地元の農家が命を懸けて大事にしている、珍しい品種マシュマロネーロも使用する。南アルプスで生まれた唯一無二の葡萄だ。少ない品種にこだわり、それらをブレンドすることもあるが、基本は単一品種でのワインづくりにこだわっている。
こだわりの代表ワインはどれも希少価値だ。1銘柄に対して年間生産数は200から500本前後。
今市場で買える「BeBeべべバレル2021」は、マスカットべーリーAをフレンチオーク樽で28か月長期熟成した一本。毎年新しいつくり方で熟成させるドメーヌヒデのヴィンテージワインは、収穫した葡萄を全房、昔ながらの足踏みで破砕して(もちろん衛生スーツ着用で)自然酵母で発酵させ、それぞれに最適な樽を選び、熟成の期間もまちまち。年により葡萄の出来を見て葡萄の声を聞きながらつくり方を変えていく、というのがなんともヒデさんらしいやりかただ。
ロゼの泡「ラピュタスパークリング」は満月に収穫したマスカットベーリーAを、満月に足踏み破砕。さらに自然酵母で3年寝かせて完成するドサージュゼロのスパークリングワインは、優しい中に強さを感じる美しい1本だ。
レストランカフェ「月晴れる」でどれも購入可能
南アルプス唯一無二の葡萄、マシュマロネーロは微発砲(ペティアン)として仕込まれている。少量の葡萄を煮詰めた種酵母を使って丁寧につくられた1本は、まさにマシュマロのように軽い口当たりの、ほのかなほろ苦さが記憶に残るワインだ。
面白いワインとしては、規格外の粒の葡萄を90日陰干しすることで糖度を31度まで引き出し熟成させた希少な芳醇ワイン「ホシワイン アパッシメント」がある。干すのに手がかかるわりには量がとれない上に、糖度を増した葡萄をかく拌するのは体力仕事だ。「南アルプスの土地から生まれた産物を無駄なくワインに昇華させたい」というヒデさんの思いが存分に詰まったワインだ。
富士山を正面に見る絶景の高台に、高齢化が進み耕作放棄地となった12,000平方メートルの土地がある。2024年にヒデさんはこの土地を借りて、6000本のヤマソービニヨン苗をクラウドファンディングで募りボランティアの手を借りて植樹した。収穫に3年はかかるが、無農薬のワインを目指して未来の収穫を楽しみにしている。
クラウドファンディングで植えた葡萄畑の正面には富士山が見える
その絶景の棚田の下に、ドメーヌヒデのカフェがある。ここではヒデさんのつくったワインが常時10種類ほどそろい、それをなんとグラスでいただけるという。
ヒデさんの奥様が料理を手がける「月晴れる」だ。
棚田の中腹にある古民家「月晴れる」は大きな平屋
築100年以上になる元漢方医の家だった民家を改築してオープンしたカフェは、棚田から富士山を望む山梨県の観光名所「中野の棚田」エリアにある。
天井が高く落ち着いた空間でゆっくり食事やワインを楽しめる
ここでとれる棚田米でつくる米粉むしパンをスペシャリティに、近隣農家の野菜を使ったおばんざいとカレーや、てづくりクッキーをワインにあわせて提供している。
月をイメージした地元野菜をたっぷり使ったカレー
ワインといただきたい地元野菜のいろいろプレート
ドメーヌヒデのさまざまなワインをグラスで提供しているので、料理とともにそれぞれのワインの個性をいろいろ楽しむことをおすすめする。
「月晴れる」ではワイン販売もしている。気に入った1本あがれば持ち帰ることができるのもうれしい。
店内で飲んだワインを買って帰ることができる
八ヶ岳へと風が抜ける丘や、中野の棚田の四季折々の雄大な自然の中で、この地ならではの力強い葡萄からヒデさんが作り出す赤ワイン物語りを、ぜひ多くの方に楽しんでほしい。
店内からも美しい「中野の棚田」を望める
Contact Us
ドメーヌヒデ
月晴れる
住所:山梨県南アルプス市中野316
電話番号:055-267-6923
営業日 金・土・日・月
ランチ 11時30分~L.O.13時30分
カフェ 14時00分~L.O.16時00分
インタビュアー&文 内山しのぶ 山梨県甲州市勝沼町生まれ。やまなし大使。1989年編集者として(株)世界文化社入社。女性誌『家庭画報』副編集長を務めた後、料理雑誌『家庭画報デリシャス』編集長。『MISS』『MISS ウエディング』『きもの Salon』『GOLD』の編集長を約 12 年間務める。2016年~現在 (株)集英社HAPPY PLUS STORE サイトにてコンテンツマネージャー。アーティスト本の企画編集刊行なども務める。 料理家として、調理師免許、国際中医薬膳師、マクロビオティックコンシェルジュ、オーガニック料理ソムリエなどの資格を持ち、料理雑誌や企業の刊行物にレシピを寄稿。自宅アトリエでヌーヴェル薬膳料理教室をオープン。著書に料理本『しのぶ亭へようこそ。編集長のおうちごはん』がある。 2019年甲府市・昇仙峡の再活性化をめざす「昇仙峡リバイバル会議」でアドバイザーを務め、「お座敷列車で行く山梨県峡東ワインリゾートツアー」など山梨のPRに関わる。 |