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更新日:2024年3月13日
他県からの移住者が増え続ける山梨県。山梨で生まれて山梨で育った人にはわからない“山梨の魅力”はどこにあるのか?
やまなし大使でもある内山しのぶが多方面で活躍する老若男女に取材インタビューしてお届けする連載。最終回となる第4回は、「北杜市大泉町」と「東京」の2拠点生活を書籍にした、社会学者・上野千鶴子さんに話を聞いた。
上野千鶴子
社会学者・東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長・一般財団法人上野千鶴子基金理事長 京都大学大学院社会学博士課程修了。社会学博士。
専門は女性学、ジェンダー研究。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。『おひとりさまの老後』『ケアの社会学』『女ぎらい ニッポンのミソジニー』など著書多数。近刊に『女の子はどう生きるか、教えて!上野先生』『在宅ひとり死のススメ』『フェミニズムがひらいた道』『上野千鶴子がもっと文学を社会学する』。
上野さんの山暮らしエッセイ『八ヶ岳の南麓から』が2023年12月に出版され早くも重版となっている。四季をとおして語られる八ヶ岳南麓の暮らしは、山に家を作ったときの苦労話から、山に住む隣人との交流、四季の美しさ、山からの美味しい贈り物、山間の医療問題などなど、読む者に「人生との向き合い方」を教えてくれる。この1冊を読めば上野さんの骨太でチャーミングなお人柄と山での豊かな暮らしぶりを感じることができるが、この連載の最終回にあたり、これから移住を考えている方のためのアドバイスと山梨の魅力を伺いたく、南麓のお宅にお邪魔した。
北杜市から見る八ヶ岳(画像提供:北杜市)
30年前に八ヶ岳南麓に住んでいた友人の家を1か月ほど借りて住んだことがきっかけでした。
「その1か月間、地元の新鮮な野菜をもりもり食べているうちに、ひと夏で細胞が全部入れ替わった気分になった。(著書より)」
そんな驚きの体験をしたその夏の終わりから、さっそく南麓に土地を探し始めました。このあたりは見る限りの山林ですが、定住している方から
「冬も住む気なら標高1000メートルを超さないほうがいい。くるみの木が多いところは湿気が多いから避けたほうがよい。等々。(著書より)」
とのアドバイスをもらい、ここに決めました。
木の伐採からはじまり、家の土台もコンクリートでかなり上げて湿気対策をしました。あれからもう20年になりますが、定住している方のアドバイスは、その土地に心地よく住むためにはとても大事なことだと実感しています。
冬の間中ここでの1日は朝のスキーから始まります。ここからクルマで15分の場所にサンメドウズ清里スキー場(外部リンク)があるのです。
(写真提供:サンメドウズ清里)
「雪と氷で暗く閉ざされた季節・・・のはずが、1年で一番たのしい季節になった(著書より)」
シーズンシニア券を買って、朝早起きをして誰も滑っていないバーンを楽しんで、帰宅してブランチ食べて、仕事をしたり本を読んだりで1日が終わります。山梨県は日照時間が全国でもトップクラスを誇り、中でも北杜市は山梨県の中でも日照時間が特に長いエリアなので、北陸出身の私は冬の明るさに感動します。
ここから見る冬の銀白の富士山も息をのむような美しさです。そしてこのあたりは溶岩平の高原で、掘れば遺跡が出てくると言われているエリア。「きっと古代人も南麓が好きだったに違いない」と、住むほどに南麓愛が加速しています(笑)。
ここに来ると、スーパーやファーマーズマーケット、「道の駅」などに食材を買いに行く以外はどこへも出かけません。東京の暮らしは外食が多いのですが、山の家にきて地元の野菜を大胆に料理して、家で食事することが私にとっては“非日常”。周りには美味しいレストランもたくさんできているようですが、食事は友人たちを招いて家でいただきます。1か月間、新鮮で元気な野菜を食べていると、細胞が生まれ変わるのがわかります。
夏のおすすめは桃のポタージュ。
「熟れた桃をざくざく切って、ヨーグルトと牛乳を入れてミキサーでがーっ。これで終わり。(著書より)」
新鮮な野菜や果物があると調理法もどんどんシンプルになり、どのレシピも「お料理と言えるのか?(笑)」という内容ですが、八ヶ岳は水が豊かで、日照時間が長く高地気候なので、野菜も果物もお米も蕎麦も豊かで食材の宝庫。手をかけないで美味しくいただける食材があふれている幸せな場所です。
私は、もとから土地に住んでいる方々を旧住民、移住してきた人を新住民と呼んでいます。小さな子供がいたり、農業やビジネスをしたい方は地元の旧住民のコミュニティとの関わりが必要になりますが、それらがなければコミュニティに入るも入らないも自分次第。とはいえ
「どこにいても人づきあいは必要だから、自然と新住民たちのコミュニティができあがる。都会暮らしをしてきた人たちのコミュニティだ。(著書より)」
ここで仲良くなった方々の大半は都会から移り住んだ新住民。新住民のコミュニティでは、私はただのチズコさん。東京にいるときは、「あのウエノさんでしょ。」と、肩書や形容詞がついて回り、仕事上の損得関係があります。が、ここで仲良くなった人たちにとって私はただのチズコさんで、それ以上の損得勘定がまったくない、一緒にいるのが楽しいだけで続いているシンプルな関係です。こういう関係を築けるのも、都会から移り住んだ新住民の価値観が似ているからです。
「適度な距離を置いて、相手のプライバシーには踏み込まないが、必要なときには頼りになる。オトナのつきあいである(著書より)」
夕食に招待したり招待されたり、ごはんを一緒に食べて楽しい人たちとの時間はここでしかない楽しみです。
移住に関する本で介護や医療のことまで書いてあるものはほとんどないと思います。移住する土地での介護資源や医療資源はとても大事。ましてや終の棲家と考えたときに介護・医療のサービスが充実しているかどうかはちゃんと調べる必要があります。
私が家を作った20年前ここは医療過疎地でした。それがラッキーなことに還暦を迎えた訪問看護のパイオニア、宮崎和加子さんが東京から移住してきて訪問介護に訪問看護、デイサービスを行う一般社団法人だんだん会(外部リンク)を開設。移住してきた医師のカップルが「森の診療所(外部リンク)」を開業。さらに日本在宅ホスピス協会の創設者の川越厚医師が引っ越してきて、訪問医療に従事。あっというまに
「北杜市は医療・介護資源の充実した“おうちでひとりで死ねる”地域に変わっていたのである(著書より)」。
本にも書きましたが、ここで長年の親しい友人を在宅で見送りました。転倒事故で大腿骨骨折、要介護の車いす生活になりましたが、定期巡回随時対応型短時間訪問介護看護の手厚いケアを受けて、最期までこの家で見守れたのは幸せなことでした。
運転免許をいつまで持って車を運転できるのか?が田舎暮らしの一番の問題です。寝たきりになったら移動は関係ないので、ここで訪問介護を受けながら最期を過ごすのもいいなと思っているのですが、それまでに運転免許を返納したら東京からここまでクルマでこられないし、買い物も不自由になります。できる限りここ八ヶ岳の南麓での暮らしを楽しみたいと思っているので免許返上後の暮らしが一番の問題です。
「アップダウンが激しくて急カーブの多い中央道を走るたびに、減速しないでカーブに突っ込むのを楽しみにしてきたが、ふと思うようになった・・・・これがいつまでできるんだろうな、と。(著書より)」
今回の取材でお邪魔した上野さんのご自宅は、南麓愛に包まれている。リビングにはそれは幸せそうな笑顔の素敵なご友人、色川さんの写真がたくさん飾られていて、山の家でお二人が過ごした幸せな時間が刻まれていた。そして上野さんの「人は誰でも最期はおひとりさま」という言葉は、昨年父が他界し一人で暮らし始めた私の母とも重なり、自分の人生のおひとりさまイメージを考えるきっかけにもなった。
このインタビューは山梨の八ヶ岳南麓を愛する上野さんの思いのほんの一部である。上野さんの実体験をもとにした著書『八ヶ岳の南麓から』の楽しくてチャーミングで軽やかに綴られた南麓愛物語をぜひ読んで欲しい。八ヶ岳南麓の魅力を身近に感じることができて、年齢問わずこれからの人生の勇気をもらえるはずだ。
インタビュアー&文 内山しのぶ 山梨県甲州市勝沼町生まれ。やまなし大使。1989年編集者として(株)世界文化社入社。女性誌『家庭画報』副編集長を務めた後、料理雑誌『家庭画報デリシャス』編集長。『MISS』『MISS ウエディング』『きもの Salon』『GOLD』の編集長を約 12 年間務める。2016年~現在 (株)集英社HAPPY PLUS STORE サイトにてコンテンツマネージャー。アーティスト本の企画編集刊行なども務める。 料理家として、調理師免許、国際中医薬膳師、マクロビオティックコンシェルジュ、オーガニック料理ソムリエなどの資格を持ち、料理雑誌や企業の刊行物にレシピを寄稿。自宅アトリエでヌーヴェル薬膳料理教室をオープン。著書に料理本『しのぶ亭へようこそ。編集長のおうちごはん』がある。 2019年甲府市・昇仙峡の再活性化をめざす「昇仙峡リバイバル会議」でアドバイザーを務め、「お座敷列車で行く山梨県峡東ワインリゾートツアー」など山梨のPRに関わる。 |